努力して真剣に考えると脳みそは変わっていく(片山技研)

障がいを持つ人も「風を切って走る喜びを味わって欲しい」と、車椅子のまま乗車して自分で運転できるトライク『コアラ』を開発した片山技研の片山代表。

技術者としても経営者としてもいろいろな壁があったと思いますがどうやって乗り越えてきたのでしょう。

 有限会社片山技研 代表取締役 片山秋五さんへの”Challenge”インタビューです。

 

 

 

●最初から車椅子用三輪バイクを作っていたのでしょうか。

いえ、全然。

独立前に1年半ぐらいバイク屋にはいましたが、最初は建設業の管理をやっていました。

管理といっても職人の手配ですね。

ブロックでビルを建てる変わった会社の仕事だったんですが、バブルがはじけて、手のかかる建物の仕事が減ってしまい、管理部門が廃止になりました。

その会社の社員にならないかと言ってもらったんですが、職人になることにしたんです。

そこから友達の工務店で大工の見習いをやったり、建設業のときのお客さんが現場監督の会社をやっていたのでそこに見習いで入ったりもしました。

自分でブロック関係の仕事を受けるようになって、電気工事やETC工事を頼まれたりもしましたが、その工事もなくなった。

何をやろうかなというその頃ですね、結婚したのは。

重機のオペレータもやったし、不動産屋もいっぺんやってみたくてやりましたね。

そして、ついにやることがなくなって、それからですね。

「バイク屋は嫌じゃなかったなあ、やってた頃は楽しかったな」って。

それで10数年ぶりに復活したんです。

ただ時代は変わってましたから、ずいぶん勉強はしましたね。

 

●どのように変わっていたんでしょうか。

お客さんの趣向が変わってましたね。

昔は性能第一でしたが、それが楽に乗れるとか目立つとか。

で、バギーが流行ってきた。

50㏄四輪のね。

乗りたいっていうお客さんがいて、良くないですよって言ったんですが、クレームは言わないから是非仕入れて欲しいって。

それで自分のも入れて2台買ったんです。

ところがまあひどい代物でね。

溶接を片っぽうからグルっとやっているんでフレームが歪んでいるんです。

仕入れて売るだけっていうのは私の性分じゃないんで、モノづくりをやっていたのは残したかったんですよね。

それで、アセチレン買ってきてガス溶接をし直したら、なんとなーくうまくいってね。

その流れでやっているうちに機械構造というものの理屈がね、なんか面白いなって。

でもバギーは3年ぐらいでブームは去ってしまいました。

結局、50㏄では限界があったんですね。

そのあとトライクっていう三輪が出てきたんです。

トライクは前から知ってはいたんですけど、安い三輪が中国から入ってきたんです。

もちろん、それも自分用に買いました。

案の定ひどい代物だったけど、バギーほどひどくはない。

これはカスタムできるなと。

当時小さいバイクのカスタムをやっているところはなかったんです。

カスタムをやっていて、操縦性が悪いのはなぜだろうと。

CADができるので自分で図面を引いて、回転軸と接地面のこの辺の違いだなとか、トライクの横幅っていうのは後輪の幅じゃなくて、重心から接点を結んだ3点の斜辺に90度で繋がるところ、これが幅だとか、そういうことが分かってきた。

幾何学の世界ですよね。

私が文系に行ったのは、図形問題で中学の時に躓いたからなんです。

建設のときにも図面を描いて完成図を渡したりするので、倍角とかそういうことが分からないと描けない。

平行定規を使うことによって分かったんです。

その応用が効いて、サスペンションのここは100kg/㎝のバネレートで、45度で当たったらどれだけ強くしなきゃいけないか。

ああ、たぶんルート2だよね、とかだんだん分かってくる。

中学の時に分からなかったことがこの歳になって分かるようになるというのは、努力して真剣に考えると脳みそって変わっていくんだなって思いましたね。

 

●何ごともチャレンジですね。

材料力学までは勉強して覚えましたね。

材力がわからないと改造車検の認定が取れないんです。

そういうのが得意な人にやってもらう予定だったんですけど、最初5万円って言ってたのに15万円って言われて。

こんちきしょう、あいつができるんだったら自分にもできないはずがないって、仕事が終わってから夜中まで勉強しました。

でも文系の人間は代数がダメ。

シグマとか出てくると訳が分かんなくなる。

最初のうちは、それを全部日本語訳です。

なんとか係数、なんとか係数って書き直して。あとパソコンの上にも貼っておいて。結局、申請書類は一発で通りましたよ。

それで、ああやればできるんだって思いましたね。

だから自分にハードルを課すんです。

必ず成功するっていう成功事例を自分の中で作れましたから。

今から思えば自分も15万円もらってもやりたくないなと思いますよね。

これは自分史の中で、私だけのパターンかもしれませんが、悪いことがあったときは必ずおつりがくるぐらいに良いことになって返ってくる。

だからハードルは喜んで乗り越える気持ち、常にモチベーションを高めておいて、チャンスに出会えるような態勢にしなくちゃいけない。

 

●得るよりも与える人生が幸せと仰っていますね。

なぜこれ(車椅子用三輪バイク)をやるのか。

もちろん、褒められたり、喜んでもらったほうがうれしい。

半分は冗談で言ってるんですけど、人間は3つのタイプがある。

太陽型、月型、ブラックホール型。

太陽型は自分が個人で光ることができる。

月は誰かが光っていればそれを手助けすることができる。

ブラックホール型っていうのはもらう一方。

太陽型は、月がいないと自分が光っているのが分からない。

自分が光っているのをどうやって知ることができるか。

人に求めるんだったら、人を幸せにするしかない。

喜ばせなくちゃいけない。

数字に求めるんだったら預金の残高でいいわけですよ。

売り上げ数字とか。

私は、自分の能力で、他の人が光っているのを見て満足するタイプなんだなと。

赤字だろうが喜ばせてやろうと思ってやります。

趣味みたいなものですね。

褒められなくたって好きな人は山に登るでしょ。

ラジコン作ったって、別に誰にも褒められないですよね。

お金も失う一方ですし。

でもやるでしょ。

趣味ってそういうものですよね。

そういうことができている自分に満足してる。

満足の自己完結性って言うんでしょうか。

この考え方は広めていきたいですね。

教育にも使えるでしょう。

自己満足が他人も同時に幸せにできる、というのが大事。

自己実現です。

 

●チャレンジに必要なことって何でしょう。

チャレンジできる気持ちまで、どうやって持っていくかっていうのがまずチャレンジでしょう。

それを乗り越えるともうたいしたチャレンジじゃあないですよね。

世の中はYesかNoの選択。

そう考えると楽です。

どっちでもないというのがあるじゃないかって言われますが、それは選択する前の段階までのことで、まだ選択していないだけです。

中庸はない。

YesかNoのどちらか。

そう考えれば、結構楽に問題を見つけられます。

精神論ですけど、生きることって、つまるところどうでもいいんじゃないかって。

『方向は定めます。どうなろうがいいんだ。だけどやることはやる。1ミリずつ進んで、もしそれでダメだったらまたその時考えればいい。』

グッと圧縮して言えばそうなりますね。

 

●この先のチャレンジについて教えて下さい。

障がい者の雇用を作りたいですね。

障がい者が、ちょっと働きたいといっても働く場所がない。

障がいを持つ人が週5日働くのは大変ですよ。

自分が具合が悪い時と同じことです。

でも、ちょっと働きたいっていう人を支援する制度がないんです。

福祉というのは、雇用を作ることが福祉でしょう。

雇用を作るというのは、必要とされる場を作ること。

雇用は人間の価値を上げることです。

さて、どこまでやりきれるか。

ちょっとハードルは高いですけどね。


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